星星星

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私は都内生まれ都内育ちで、東京の真ん中から出たことがなかった。大学さえも自転車で通うほどだ。 しかし、卒業後入社した会社では、首都圏からすこし外れた場所に配属された。22歳の時だった。私は五年前、生まれてはじめて東京を出た。 「俺、自転車に乗った結衣が、ベース背負って、前かごにエフェクターボード突っ込んで大学に来るの、超変だな~って思ってた」 ナツメが伸びをする猫みたいに、喋る。すこし、二人の距離が馴染んだような空気が車内にたちこめた。 「私、もう自転車のペーパードライバーだよ。卒業してから乗ってないから、五年乗ってない。懐かしいなあ」 私はホルダーに入れたまま、コーヒーの蓋を開けた。ミルクと砂糖を突っ込んで、黒いマドラーでぐるぐるとうずまきを作る。 私は小さい頃から、自動車よりも自転車が好きだった。 自転車にまたがって走りながら、空をずうっと見上げていると、不思議な感覚に陥る。 空に向かって走っているのに、ちっとも進まない。ランニングマシーンみたいに、同じところを延々に走っているような気がしてくるのだ。 大人になって、自動車ばかりに乗っていると、あまりに次々と景色が変わるものだから、ちっとも延々に走っているような気がして来ない。 この車はボーナスを貯めて買った、型落ちの中古の軽。座席の天板は味気ないグレー。 はあ。私はコーヒーを一口のんで、車内の天井をなんとなく見上げた。 「そうやって、結衣は、いっつも変だよ」 「何が?」 「すぐ、見上げる。何もないのに。付き合ってたときと、変わらないなあ。俺は結衣の変なところが好きだったわ」 フロントガラス越しに、どこか遠くを見つめて、ナツメが言う。 「ナツメだって、変だったじゃん」 私は、ナツメと出会ったときのことを鮮明に覚えている。 私とナツメは違う学部に在籍していたけれど、たまたま同じ軽音楽サークルだった。
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