0人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ、私とナツメが一年生のとき。あれさ、はじめての学園祭のときだ。中庭のステージ作りを、一緒にやっていた。
私は先輩の指示で、雑巾で音響の卓を拭いていた。すると隣で、私が使ってる青いバケツの中の水をじいっと覗き込む、金色の髪の男の子が目に入った。
私はすこし、彼を観察した。妙なことに、彼は執拗にバケツの中身をずっと気にしていた。膝を曲げて、腰を深く落としたヤンキー座りで、バケツの水面をながめている。
私は彼の派手な髪色に見覚えがあった。
たしか、四月にあった新入生歓迎会で、話したような。
大学からギター始めたんだっけ、この人。名前、なんだっけ。
「それ、使っていい?」
わたしは汚れた雑巾を片手に、金色の男の子に声をかけた。
「あ、ベース上手い子だ」
ナツメは黒くて丸いピアスを耳たぶにぶら下げながら、私を見上げた。
それから、猫のように目を細め、訴えかけるように、私にまくし立てる。
「ねえ、先輩からバンド誘われてたよね? 一年生なのに、このステージ立つんでしょ。なんであんな上手いの? いつからやってるの? ギターより、ベースのが簡単?」
私は人の話を聞くのが嫌いなので、ナツメの質問を全部無視して、彼に尋ねた。
「なんでバケツの中見てたの?」
するとナツメは、ほれほれ、と言わんばかりの顔で、私の顔を見ながら、かたくなにバケツの中を指差した。
仕方がなく、私は彼の指す水たまりをのぞきこむ。
「ここに空が映ってるから」
晴天と一緒に、にんまり笑顔のナツメと、あほな目をした私の顔が写っていた。
「ああ、たしかに」
ナツメは満足げに頷く。
ナツメが素直に私の質問に答えたので、私も彼の質問の回答をする。
「ベースの方が、弦が4本で簡単かもしれないけど、でも、そしたら私とバンドは組めないね」
私は意地悪を口にした。
でも、ナツメは広い太陽を曇らせなかった。
「俺、結衣ちゃんとバンドしたいな」
そのときのナツメの顔が、あまりにキラキラしてた。
私はあやつられて空間を切り取られたみたいに、ナツメに見惚れた。
私はナツメのことが好きになった。
最初のコメントを投稿しよう!