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大学の4年間、ずっと一緒にいた二人が、それぞれ別の場所で暮らす。
毎日会えないなんて、急に一人で生きるなんて、無茶な話だった。私たちは完全に依存し合っていたから。
私は人懐こいナツメがいるからサークルに居場所があったし、ナツメも私がサポートしなきゃ満足にギターが弾けなかった。
それでも、そのあと起こるひどい罵り合いの喧嘩のことなんてつゆ知れず、当時の私たちは遠距離恋愛の覚悟を決めていた。
だから、私たちはサークルの卒業ライブが終わったあと、距離が離れてもさびしくないように、お互いの魂のように、楽器を交換した。
私はベースを弾いていたから、ナツメのギターを。
ナツメはギターを弾いていたから、私のベースを。
それで、しばらく働いて、結婚式を挙げるのと、子供を産むのに、十分なお金を貯めたら、私は地元に戻ってきて、ナツメと結婚したかった。
私の人生は、ナツメに「どんな人と結婚するの?」なんて質問をしないはずだった。
「えー? それ、聞く?」
ナツメは目をじわーっと細めて、口角をかすかにあげる。心を隠したときの仕草だ。
「なに、その反応。変な人?」
「いや、変じゃないけど。いや、変か?向こう、三十代で、バツイチなんだよ。しかも、子供いるの」
私はナツメの言葉に衝撃を受けた。
不自然。現実味がない。そんな感触の物体を噛みしめ、味をみて、喉奥から吐き出したくなった。
「なんで、その人が良かったの?」
私はナツメを責めるように言った。
「わかんね。変だよね」
ナツメはタバコを吸うみたいに、その細くて長い指先を口元に当てた。それから、親指でごしごしと顎をこする。
「そのひと、医者なんだよ、女なのに。だから、なんかさ、そこがいいよね。俺、働きたくないからさ。もうすでに会社行きたくないし。彼女、逃したくないわ」
ナツメがコーヒーの蓋を外して、焦げ茶色の水面をじいっとながめた。それから、神様に謝るみたいな声で、言う。
「でも、子供がかわいくなくてさ」
ナツメが困った顔で、運転席の私を見た。
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