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採点の結果、三十点満点の八点でした。妥当な評価でしょう。
悲惨な点数ではあり、舞台上でも客席でも、私とそのパフォーマンスを受けいれられていませんでした。
放送されるかどうかはわかりません。私を呼んだスタッフさんは後で芸人さんたちから叱られるかもしれません。
それでも私は満足でした。私という脆弱な存在の一太刀が、世間に届いた、そんな風に感じていたのです。
舞台を降りる瞬間が迫っていました。名残惜しいもののそれは仕方のないことです。
そんななか、ポトリ、と雫が落ちました。
血の雫です。
私の掌からこぼれ落ちたのです。
私の手の内はセロファンの下からにじみ出た血が伝って真っ赤になっていました。おそらく客席からでは私の体が陰に隠れて腕がみえにくくなっていて気付かれなかったのでしょう。しかし次第に気付く人も増えていき、段々ざわつき始めます。
芸人さんたちは失笑しながら、それ本当に大丈夫なんか? と聞いてきます。
私はつぶやいていました。
無意識でした。
「死にたくない」
思いがけない言葉でした。
私はすぐさま自分の口をふさぎます。
けれどその途端に全身がぶるぶると震え初め、立っていられなくなりました。私はその場にしゃがみこんで、膝を抱え身を竦めました。
体の芯から恐怖がこみあげてきました。ただ脳内で、死にたくない死にたくない死にたくない、という言葉だけが延々と繰り返され、気を抜くと口から吐き出してしまいそうになるのを、シャツの袖口をかみしめ、声を押し殺しました。
客席から三度の悲鳴。今度はまごうことのない本物でした。スタッフさんたちが大慌てで舞台へ上がります。芸人さんたちは怒声で何か叫んでいました。女優さんは固まっています。パニックでした。
気付くと加藤さんが強張り丸まった私の肩と背中を抱いていました。そして声をかけてきます。
「大丈夫よ、今救急車を呼んだから」
私は叫びます。
「病院は嫌!」
私の中で何かが弾け、何かが崩壊し、振り出しに戻ってしまったようです。
私に覆いかぶさった加藤さんを押しのけました。そして全力で駆けだします。決死の逃走です。
私は口の中でぼそぼそと、死にたくない、と唱えながら、スタジオ内を逃げ回りました。スタッフさんからも警備員からも救急隊員からも加藤さんからも。
きっと逃げ切れないのでしょう。
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