傷を刻もう

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 高校生の頃からの自傷癖が抜けなくて成人を迎えてなおリストカットを繰り返していました。手首は傷だらけです。ですからずっと隠してきました。なので恋人ができたことがありません。友達も少ないです。仕事も上手くいきません。やっぱり隠し事があると人生は不利、いえ、隠し事をしておどおどしている人間はなにかと不利なのでしょう。  ですからある日しくじりました。上司に叱られたその夜に、ちょっと手首を深く切り過ぎてしまったのです。次の日は体調不良で仕事を休みました。すると上司はそれを、私が叱られて不貞腐れている、と解釈したようで、休んでしまった日以降、上司は私に敵意を剥き、厳しくあたってくるようになりました。そのせいで、私は辞表を提出するハメになったのです。  仕事を辞めた日も手首を切りました。家まで我慢できず、駅のトイレで切りました。それも失敗でした。個室からでてくる際に、傷口を血染めのハンカチで抑えているところを、人に見られてしまったのです。  その人は病院へ連れて行く、といって自分の車に私を強引に連れ込みました。  私は走る車の中でうつむきながら、 「病院だけは勘弁してください、病院だけは勘弁してくだ さい、病院だけは勘弁してください」  と馬鹿のように繰り返していました。どうしても親に知られたくなかったのです。高校生の頃からの悪癖を引きずっていることがばれるのが嫌だったのです。  私の懇願がよほど切実かつ不気味だったのか、その人は路肩に車を停めてくれました。そして自らを加藤と名乗りながら名刺を渡してくれ、小さなイベント会社を経営していると説明し、それから私に自傷の事情を話すようにいってきました。  私は病院送りよりはマシだと思って、正直に白状しました。仕事を辞めて自棄になったこと、高校生からの癖であること、特にリストカットに慣れていることを強くアピールしました。いつものことなので大丈夫、少なくとも通りがかりの人が関わるようなことではないんです、と。  いつになく必死に話しました。人生でこれほどまでに自らのことを語ったことは、両親や友達にさえありませんでした。  私が一息に喋り終えた後、その人、加藤さんは目を丸くしながら、ボソッと、感想を述べたのでした。 「あなた、面白いわね」
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