傷を刻もう

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 その日は幸い病院から逃れらることができました。代わりに車はコンビニへと向かいました。加藤さんはそこでコーヒーを買ってきてくれ、そして少しお話しよう、ということになりました。  加藤さんは車内で私に、自社のウェブサイトを私に見せながら、掲載されている商品の一つ一つを丁寧に説明してくれました。加藤さんの経営する会社は主に輸入雑貨を扱っているようでした。  正直な感想を述べると、その大半はいかがわしいものでした。  食べるだけで痩せられるダイエット食品、吹きつけるだけで肌が若返る化粧水、嗅ぐだけで癒され毒素を浄化するアロマ等々。私は感想を一切述べず、黙って加藤さんの話を聞きました。  そんな中に、加藤さんが売りあぐねている品があるというのです。  そういうと加藤さんは説明を中断して、後部座席に置いてあった段ボール箱を漁り始めました。話が再開した時には、加藤さんは小さな瓶を握っていました。  それこそが加藤さんが売りあぐねている品でした。傷薬でした。  塗るだけですぐさま出血が止まる、というのがその商品の効能らしいのです。  加藤さんは私の血まみれのハンカチをひょいと摘まみ上げて、私の傷口を指さしながら、その傷薬を試すようにいってきたのです。  嫌でした。自分の体で試すにはあまりにもいかがわしい薬です。だいたい車内に積んでいながら、これまでその薬のことを思い出さなかった、というだけで押して図るべきものがあります。  私には自傷癖はあっても自殺願望も破滅願望もありません。得体の知れない薬を生々しい自分の傷口で試せるほど、生を棒に振ってはいません。  けれど、加藤さんに強引に迫られると駄目です。  私の本能的な自己防衛能力はあっさりと突破され、結局私は渋々、自分の手首に刻まれた溝へその傷薬を塗ってしまいます。
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