傷を刻もう

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「どうかしら?」  加藤さんは私の傷口を覗き込みます。私はウェットティッシュで腕の血を拭って、傷口を見せました。  加藤さんは、止まってるじゃない! と大きな声で叫びました。  当たり前です。無論薬なんて関係ありません。一時間以上ハンカチで圧迫していれば、浅い傷なんて大概出血しなくなります。 けれど、加藤さんの異様に高いテンションは、そのことを指摘する勇気を私から奪います。私は黙ってうつむいていました。  加藤さんは満足げに私の傷口を眺めていました。が、しばらくすると私の鼻先に触れそうなくらいにまで顔を寄せ、そして一言、一緒にビジネスやってみない? と提案してきたのです。  私は状況が飲み込めず、はぁ、と無意識のうちに曖昧な声を発していました。そんな私の反応を、加藤さんは強引に、好意的な返事だと解釈して、それじゃあ、などと口にしながら、思いついたばかりのビジネスのアイディアを打ち明け始めたのでした。 「あなた、ガマの油、って知ってる?」  加藤さんはそういってから、説明を続けます。 「昔、ガマの油って傷薬はね、売り子が刀で自分の腕を切ってから、傷口にガマの油をぬって止血したのを客前で見せてから売っていたらしいの。その売り方をあなたに真似してほしいの! 人前で手首を切って、傷口にこの薬を塗ってすぐに血を止めてみせる。ちょっと過激すぎるかもしれないけど、だからこそ、当たれば話題になる! 仮にもし注意を受けたって、すぐに辞めればいいだけだしさ」  すみません、その油売りの話って、種と仕掛けのある大道芸です……  危うく口にしてしまいそうになりました。加藤さんがイテンションでまくしたててくれていなければ、つっこんでいたかもしれませんでした。  「ねぇ、面白いでしょ?」  その話には、失敗した時の私のリスクが全く織り込まれていません。完全に使い捨てのコマです。しかも加藤さんはそのことに気がついていない様子。どう考えあって私のリスクが大きすぎる。受けていい話ではありません。  ですが加藤さんは自信満々です。目に活力がみなぎっています。そんな相手に私のような気弱な女がなにをいえるというのでしょうか。  私は黙って加藤さんのビジネスプランを聞く他ありませんでした。  そして気づいたた時には私は彼女のビジネスパートナーになっていたのです。  
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