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私は、膝を突いて泣き崩れるその人にゆっくり近づき「母はね」と呟いた。
涙に濡れた顔を見下ろし、私はにっこりと笑っ た。
「母は、夢見勝ちな人でした。同じく、夢見勝ちで放浪癖のある人を好きになって、勝手に妊娠して、勝手に子供を生んで。それでも、いつかその人がここに戻って来るって、信じて疑わなかったんですよ。毎年、私を連れてここで写真を撮りながら、その人が帰ってくるのを待ってたんです。死ぬまでね」
「あ……、ああ…」
「まさか、戻って来るのに二十年以上かかるとは、母も思っていなかったでしょうね」
「すまない!知らなかったんだ!子供がいたなんて…」
「別に。今更謝ってほしい訳じゃありません。ただ…」
私は、持っていたカメラを高く掲げ
「これを返したかっただけです」
その人の目の前に、叩きつけた。
「そんな物がなければ、母はあなたを待ちはしなかった」
呆然と、壊れたカメラを見下ろすその人を残し、私は踵を返して歩き出した。
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