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「ごめんなさい、ついうっかりして、忘れていましたわ。今日は天馬堂さんが刀を持ってくる日でしたね」
タオルで湯を拭き取りながら、少女が傍にあった革のサンダルを履いた。そして白く長い脚を動かしながら、薫にゆっくりと近づいてきた。
「いいお湯でしたわ。薔薇のお風呂に入ると、本当に気分がすっきりします。
……それで、あなたは天馬堂のご主人のお使いでいらっしゃるのかしら?」
「はい、お祖父ちゃん……じゃなかった、店主の孫で間宮薫といいます。今日は祖父の代わりに、研ぎと鑑定の終わった刀をお届けに参りました」
「薫……」
少女の薔薇色の唇が動いて、呪文を唱えるように薫の名前を呟いた。
「間宮薫さん、ですね。――お待たせしてすみませんでした。さっそくですが、その刀は私がいただきましょう」
「え、でも、私はご主人に渡すように言われているのですが……」
「ええ、いいのです。私がこの屋敷の主人なのですから」
薫が、一瞬言葉を失った。不思議な威厳を感じさせはするが、少女はどう見ても自分と同じ位の齢にしか見えない。
「ああ、私が主人だと言っても、すぐには信じられないかも知れませんね。
でも、そうなのです。私の名はシャルロット・ワイズマン。このお屋敷も私が両親から与えられている物なのです」
「……」
「立ち話も何ですから、座ってお茶にしましょう」
そう言って、シャルロットがサイドテーブルのコードレス・フォンに手を伸ばし、白い指でアンティーク調の受話器を取り上げた。
「私です。カーリンをお願い。
――ああ、カーリン?フット・バスが終わったから、バスタブを下げてちょうだい。それから、お茶とカウチをもうひとつ持ってきて。あなたのお手製のフルーツケーキも一緒にね。
それと、夕食はあとにするように執事のシュトラウスに伝えてちょうだい。今からお客様とお茶を楽しむことにしましたからね」
数分で、カーリンとメイドたちが紅茶とカウチを持って現れた。
そのてきぱきとした仕草、彼女に対する恭しい態度を見ているうちに、まさしくシャルロットがこの屋敷の主人なのだということが、薫にも分かってきた。
「カーリン、この刀をロンドンのお父様に届けるよう、シュトラウスに伝えなさい。もちろん、保険付の航空便でね。骨董品好きのお父様からのたいせつな預かり物ですからね」
「承知いたしました、お嬢様」
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