第二章 冬の旅 《Winterreise》

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 穏やかに表情に戻ったベルナドットが、ハンドバッグからCDを取り出して薫に手渡した。そんな彼女に興味をそそられて、つい薫は思いついたことを訊いてみた。 「あの、ベルナドットさんは、これをお聴きになったのですか?」 「いいえ、私が聴くのは賛美歌と宗教音楽だけです。世俗の音楽は心を乱しますので、聴かないようにしているのです」 「……」 「まぁ、ベルナドット、あなたも座ってお茶にしなさい」  二人の立ち話を見かねたように、笑いながらシャルロットが言った。 「さもないと、せっかくのダージリンが冷めてしまいますよ。音楽の話は、それからでもいいでしょう?」 「シャルロットさんは、このお屋敷のご主人なんですね」  紅茶をふた口ほど飲んだあとで、薫が興味を隠しきれない表情で訊ねた。 「そうですよ。やっぱり、信じられませんか?」 「いえ、そういうわけじゃないんですけど……。シャルロットさんは私と同じくらいの齢なのに不思議と威厳があるから、ちょっと訊きたくなって」  うふふっ、と笑いながらシャルロットが答える。 「そう、私はこの屋敷の主人。そして、屋敷を所有する『ワイズマン財団』の日本支部長でもあります」 「ワイズマン財団……?」 「そう。あなた、ワイズマン・グループという名前を聞いたことはあるかしら?」 「ええ、名前くらいは……」  英国に本部がある、世界有数の財閥グループ。いくつもの超一流多国籍企業が名を連ね、それらの年間収益は天文学的な額に達すると言われている。 「私の名前は、シャルロット・ワイズマン。ワイズマン・グループは、私の一族が経営する企業集団です。ワイズマン財団は、その中で文化・教育事業を担当しています」 「はぁ」 「その財団のトップが、私なのです」 「はぁ……って、え!?」 「正確に言うと、トップのひとりというべきでしょうか。財団は、私を含めたワイズマン家の七人姉妹によって運営されていますのでね」 「は、はぁ……」 「驚くのも無理はありません。財団の理事などというのは、だいたいがいかめしいお爺さんばかりですからね」  シャルロットが、自分でもおかしそうに笑った。 「でも、驚くのはこれからですよ、薫さん。実はあなたも、すでにワイズマン財団と関わりがあるのですよ」 「え、私も?」
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