第二章 冬の旅 《Winterreise》

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「で、では、ありがたくお伺いさせていただきます。ただ、私は昼まで勉強がありますので、午後からでもよろしいですか?」 「結構です。私も毎日三時まで執務があって、そのあとこのハーブ・ガーデンで休みを取っています。  そうですね、四時頃に来てもらえるかしら。一緒にガーデニングをして、美味しいお茶を飲みましょう。それだとちょうど午後の紅茶の時間になりますからね」 「ハイ・ティー?」 「夕食の前にお茶を楽しむ、英国人の習慣ですよ。私の故郷の英国では、女王陛下も一般市民も午後のお茶を楽しみます。そのくらい馴染み深い習慣なのですよ」  シャルロットが、淑女らしい微笑みを浮かべて言った。相槌を打ちながら、薫はいつの間にか外が真っ暗になっているのに気がついた。 「あ、いけない。そろそろお祖父ちゃんが帰ってくる時間だわ。  ……シャルロットさん、すみませんが、今日はこれで失礼します。お茶やケーキをご馳走していただいて、どうもありがとうございました」 「こちらこそ、大したおもてなしもできずに失礼しました。……薫さん、明日も忘れずに来てくださいね。待っていますよ」 「はい、それではまた」  温室を飛び出すと、薫はやって来た道を急いで帰っていった。 「素敵なお嬢さんですね」  薫の背中を見送りながら、シャルロットが嬉しそうに言った。 「初めての日本。初めての友だち……。ふふ、今年の夏は楽しくなりそうですね」 「お嬢様、お言葉ではございますが」  それまで黙っていたベルナドットが口を開いた。 「日本にいらっしゃったばかりでお淋しいのは分かりますが、外部の人間をみだりにお近づけになるのは感心いたしません」 「ベルナドット、分かっているでしょう。私はいま、財団の用事がある時以外は屋敷から出られません。以前のようにお茶会を開くことすらできないのですよ」  シャルロットがしなを作りながら、拗ねるような口調で言った。 「それなのに、あなたは友だちとお茶を飲むことまでだめだと言うのですか?」 「い、いえ、私が申し上げたのは、そういう意味ではなくて……その……」  気まずそうに首を振り、沈黙したあとで、ベルナドットが諦めたような表情を浮かべた。 「……そうですね、それくらいなら構わないでしょう。『機関』のほうには、私からうまく説明しておきます」 「ありがとう、あなたならきっとそう言ってくれると思っていましたよ」
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