序章 レクイエム 《Requiem》

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序章 レクイエム 《Requiem》

七月十九日 〇二時〇三分  ――雨が、静かに降っていた。  夜の海が、黒々と目の前に広がっている。その海を抱くように伸びた海岸線に沿って、一本の道が、闇の彼方に向かって走っていた。  雨の中、街灯に照らされて、闇の中に浮かび上がる湾岸道路。それが、三浦半島東部を縦走する幹線道路であることを示す標識の下で、レインコートを着た数人の警察官が動き回っていた。  投光機の光が、路上の一角を照らし出している。その光の輪の中に、黒のBMWが一台、浮かび上がっていた。 「こいつはひどい……」  投光機の下で、警部補の階級章を付けた警察官が呻いた。  銃弾が、車体の至る所に食い込んでいる。数十発の弾丸が貫通したフロントガラスは蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ボンネットからは、血のようにどす黒いエンジンオイルが流れ出していた。 「……まるで、軍隊か何かに襲われたみたいだな。いったい誰が、こんなことを……」  警部補がそう呟いた時、近くでばたばたと車のドアの閉まる音がした。そして、闇の中から、数人の人間の近づく気配が伝わってきた。  やっと、本署から応援が来たか。  そう考えながら顔を上げた警部補の目に飛び込んできたのは、警察官とはまったく違う、異様な姿の一団であった。  黒いスーツにサングラスの、大柄な外国人の男たち。彼らは、中央に立つ一本の傘を護衛するように、こちらに近づいてくる。  ――その傘の下に、異形の人影が立っていた。  まだ若い娘で、齢は十八歳くらい。長い黒髪が匂やかにそよぎ、ノンフレームの眼鏡の奥で美しい切れ長の目が光っている。  白いブラウスに暗い色の上着をまとい、同じ色の長いスカートを穿いていて、胸には十字架のペンダントが吊るされている。  ――それは、深夜の殺人現場にはまったく不似合いな人物。神に仕える、修道女(シスター)の姿であった。 「な、何だ、あいつらは!?」  奇怪な一団は光と闇の境界を越え、まっすぐこちらに向かってくる。 「止まれ!現場の保存中だ、立入禁止だぞ!」  警部補が、手を振り上げて制止する。  それを見て、傘を差しかけていたアフリカ系の男が、端正なクィーンズ・イングリッシュで男たちに命令した。日本の警察と面倒を起こすな。そう言っているのが、警部補の耳にも聞こえてきた。 「勝手に現場に入るな!公務執行妨害で逮捕するぞ!」
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