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序
俺は強い。自分でそう言い切るヤツに強いヤツなんていない。
もっとも中には例外もいて……。
僕はそうじゃなくて、アイツはそうだった。
そういうことなのだろう。
「…………参りました……」
なかなか告げられなかったその言葉を吐き出した時、僕の心はとにかく怒りとか悲しみとかでグシャグシャになった。
突然に海の真ん中に投げ出されて、溺れたような感覚。
なんとしてでも勝ちたかった。
そのぶんだけ、苦しみがこみ上げてくる。
もう、呼吸すら忘れて苦しい。
感想戦は泣き出してしまいそうだったので、とにかく早めに切り上げて、足早に対局室を出た。
帰り際に準備室を覗くと、大勢が集まって何か嬉しそうにしている。きっとアイツのことだ。最年少プロ棋士誕生とか、そんなことを嬉々と話しているんだ。
僕はそっと目をそらして、その場を逃げ出した。
将棋会館を飛び出すと、ムッとした風が吹く。
9月の首都圏の空気は暑いようで、涼しいようで。
空を見れば、嫌味なほどに晴れ渡った青空だった。
こんな気持ちの時は、どうせなら雨がザバザバ降っていてくれた方が良かったのに。
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