孫悟空殺人事件 ~四つの数字~

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 大きな蛇がにょろりと這い出てきたのだ。ヒイカは喜び、ミヤは顔色を失くすが、当の爬虫類は〈おまえらなんぞに興味ないわい〉とばかり速やかに小道をくねり横断、興がるヒイカの犠牲にならず事無きを得る。  そしてミヤと美女ユミの見過ごせない触れ合いに、ヒイカはにやにやと笑いをこさえていたが、その瞳は格好の獲物を見つけた機に敏い獣のごとく、常ならざるほど冷静に輝いていた。 「そんな、御屋形(おやかた)さま、あんまりですわ!」  よよよ、とヒイカは袂(たもと)を繰って、たおやかに〈しな〉を作りながら、 「ああ、口惜しや、げにも可憐なわたくしめを憚らず、初顔の女人とぴったり御身を寄せ合うなんて……」  降参。姫には勝てない。  ミヤが両手を上げる。傍らのユミがはたと身を離した。ごめんなさい、と小声でいわれるが謝られる問題でもない。  マーキングもとい、赤点の入った左肩を、ミヤは実にわざとらしく回した。 「思いのほか、肩は痛い(、、、、)」  ぼそりと呟くのだ。まったく、この不器用な男ときたらどうだろう。ヒイカはくくっとのどを鳴らして笑い出した。 「西洋の人はよくいったものね。棘のない薔薇はないのよ」 「さすが。杏林に住まう者はいうことが違うな」 「うふふ。そういや、杏子も〈バラ科〉の植物だったっけねえ。取り扱いには用心しなきゃ。――注意、仁(じん)に毒あり」  雨中にも拘わらずヒイカは自分の傘を畳み、つんとあごを反らして腕を差し出した。  その()に添うべく、ミヤは恭しく手のひらを取り、ヒイカを傘の下に招き入れる。そして頭上に開かれた〈蛇の目〉をチラリ。 「ここは毒蛇の顎(あぎと)か?」  いわずもがなの一言を発するミヤの脇腹に、ヒイカは澄まし顔で肘鉄をおみまいした。
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