孫悟空殺人事件 ~四つの数字~

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「嘘ついてどうすんの。あのひょろ長い姿をじかに目撃するくらいなら、昨夜の怪談のほうが百倍ましよ。うう、にょろにょろと夢に出てきそう……」  ユミは大袈裟に頭を抱えてみせる。  アオイが腕でくねくねと蛇の物真似をすると、若い四人は声を上げて笑った。アオイの腕がカズエの手刀によって呆気なく退治されたところで、ヒイカは在りし日の学生時代を懐かしみながら評した。 「みんなで夜な夜な怪談かあ。いいなあ、夏合宿の風物詩よね」 「とんでもない!」  ユミ以外の三人が手を振る。妙に息が合っている。  ナツミが力説するところによれば、あの宿からは、ありうべからざる幽の気配が感じられるのだとか。『雨月物語』もかくありき、まことしやかな譚が縷々と飛び交い、おしなべて不思議なものに目がないヒイカの好奇心をうずうずと刺激した。  ユミは気味悪がる様子もなく、けろりと話を聞いていたけれど。周りの三人が怖がりなのだろう。四人が昨日から宿泊していることはわかった。  気になるのはユミの諢名だった。ユミは三人のことを下の名前で呼ぶのに、なぜか三人からは〈おさる〉と呼ばれているのだ。もじりや特徴でもなさそうなので、なにが由来となっているのか見当がつきかねる。  解けない謎。かゆいところに手が届かないのは――もどかしい。  たまらず理由を尋ねてみると、代表してカズエが答えてくれた。 「今年の春、私たちのサークルでは『西遊記』を新歓の催しにしまして。孫悟空の役をユミが好演したんですよ。最初はそのまま〈ごくう〉だったんですけどね、誰が呼んだか〈おさる〉になりました。名付け親はたぶん先輩方でしょう」  なるほど。 「それもこれも全部、この子の暴走のせいなんですけどね。役の印象が強いから」  眼差しが集まり、ユミはおどけて舌を出す。
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