孫悟空殺人事件 ~四つの数字~

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 美女の名は浜名弓(はまなゆみ)という。ニッポンの古都にある国立大学の文学部に籍を置く、東洋史学を専攻している二年生。〈霧の城〉という演劇サークルの仲間内、女子学生四人で夏休みの旅行に来ているそうだ。四人の部屋は『花の間』とのこと。  偶然にもミヤとヒイカは同校の卒業生だった。ユミが大学の後輩だとわかれば誼(よしみ)を結ぶに十二分だ。話の花が咲く。 「私、そそっかしいんです。方向オンチなのですぐ迷うし、どうも空間認識に欠けてて。こればかりは治らないんですよね。文章を記憶するのは割と得意なんですけど」  あの古都の路上で迷子になるというから相当だろう。 「ときにユミちゃん。その緋鯉、とびきりキュートだね」  ユミは手提げの巾着をちょこんと持ち上げ、 「これですか?」  人目を引く柄だった。  黄色い縁取りのある緋鯉がえいやっ、と天高く跳ねている。空の景とわかるのは白い雲海が浮いているからだ。 「刺繍の綾がすてき。ひょっとして、ユミちゃんの手作り?」 「いえ、私にこんな大層なものは。高校生のとき、おばあちゃんが入学祝いにと作ってくれたんです。おばあちゃん広島出身でして、根っからのカープファンなものですから」  三世代で野球が好きらしい。家訓と趣が高じて、ユミは地元の高校で野球部のマネージャーをしていたそうだ。この美貌だもの、いがぐり頭の部員たちはさぞかしはりきったに違いない。  渓谷に沿って森を進むと、脱衣所らしい小屋と湯殿の高い囲いが見えてきた。小道がさらに奥へと続くのは、この露天風呂を人里と共同管理しているからだろう。  突然、がさりと藪が音を立てた。  きゃあ、と悲鳴が上がり、蛇の目傘が宙を舞う。隣を歩むユミが咄嗟に、ミヤの腕を取ったのも無理はない。
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