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1ヶ月半。まるっとお預けを食らったような心地の史は、駆け出したい気持ちをぐっと抑え込んでいた。
「おはよう、八塚」
「はよ」
いつかを彷彿とさせる調子のいい教師の声に、史の口から、田波に刷り込まれた挨拶が勝手に飛び出す。
まさか返事があるとは思っていなかったのだろう。目を丸くして再度同じ言葉をかけられ、史はつい、それを無視した。2回目は許してほしい。
「昨日のテレビさー」
「実力テストって」
「課題って今日提出だっけ」
昇降口に入った途端聞こえてくる言葉は様々で、夏休みという非日常から戻ってきた安心感と、切り離された残念感の混ざる空気が漂う。
史は相変わらず刺さる好奇と侮蔑の視線を感じながらも、夏休み前のように苛立つこともなく、ただ、急いでいた。
何かに追われているみたい逸る気持ちのまま、上履きを突っかけた史は、
「周ちゃん、ちょっと髪伸びた?」
甘い声が紡いだ名前に、思わず足を止めた。
ガコンと下駄箱の戸を閉め、その角に隠れるようにして声の方をちらりと覗く。
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