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死んだ人は心の中で生き続けるなんて言うけど、それらは記憶でしかないし、私が幾ら対話を願ったところで記憶の中のあの子はめいっぱいの笑顔で私に「見て、今日は空が凄く綺麗だよ。」としか言わない。
記憶は一枚の写真が湖面に落ちたように、初めの内はゆらゆらと浮かんで湖面を漂っているけれど、時が経つにつれ次第に四隅から水が滲みはじめて、やがて完全に滲んでしまう。
今となってはあれほど鮮烈に覚えていたあの子の可愛らしい笑顔も、“きっとこうだった”というぼんやりとした感覚しか掴めず、あの子の声も、顔も、ぼんやりとした像しか浮かび上がらない。
あの子と過ごした楽しい日々も、あの子が死んで悲しかった気持ちも、あの子の写真と共にゆっくりと湖に沈んで、確かに抱いていたこの手から届かないところへ沈んでいってしまう感覚が、私は無性に悲しく、「忘れたくない」と泣いたり、それでいて「もう思い出して泣かなくて済む」と少し安堵したり、矛盾の風見鶏だった。
でもあの子の言葉だけが、不意に私の湖面に再び浮かび上がってきたのだ。
「ほら、見て。空が凄く綺麗。」
それは、どんな青空だったのだろうか。
だってあの子はそう言ってあんなに楽しそうに笑っていたのだから。
その言葉と本当に思いがけず再び触れ合った私は、あの子と見た空を賢明に思い出そうとした。
時には湖の中に両手を突っ込んで、あの子と見たあの日の空の写真を探す。
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