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その日以来、父親が往診で翌日まで帰ってこないときを見計らって、兵部少輔が人目を忍んでやって来て、初音と逢瀬を重ねるようになった。
兵部少輔はかような、こそこそした形で初音を扱いたくなかった。
自身の母親も、途中で正室を引き継いで継室に直されたとはいえ、初めは側室にさえしてもらえず、その関係は何年もの間秘められていたからだ。
長じた自分も、それと同じことをしているのかと思うと、今は亡き母に申し訳が立たなくて辛かった。
だから、ことあるごとに、正室にはできないが、二親とも武家の出である初音は文句なく側室として迎えられるから、屋敷に来てくれと云うのだが、初音は頑として受け入れなかった。
大名家の血をひく正室は、疳がきつく、思い通りにならぬときは癇癪を起こして、それが高じると引きつけを起こすと聞いている。
妻妾同居となれば、どんなふうになるか気が知れなかった。
今の暮らしでは、兵部少輔がいつ訪れてくれるかわからず、時折どうしようもない不安に襲われることもあるが、それでも初音は「仕合わせ」だった。
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