非現実

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車に戻りエンジンをかけようとしたが、もうわずかのガソリンも残っておらず車を走らせることができない。 娘の様子を確認するとぐっすり寝息を立てており、暫く起きそうにない。 雨は勢いを増しているし、ここからガソリンスタンドまでは走れば往復5分程の距離で10分もあれば戻れる。 こんな雨の中傘もささずに娘を抱いて 走るよりは私一人で行く方が良い判断に思えた。 トランクから携行缶を取り、雨の中必死で走った。 生温い雨が身体全体をグッショリと濡らして、感じる寒さはこれまで経験したことが無い程に強い。 雨は段々強くなり大粒の雨が目の中に入り込み酷く視界が悪くなった。 それでも目を擦りながら走った。 あんなに近くに見えたはずのガソリンスタンドにはいくら走っても着くことが出来ない。 私はガソリンスタンドを見失っていることに気づいた。 車に戻らなければ、娘が起きてしまう。 私はガソリンの購入を諦めて、元来た道を振り返ると、娘を置いて来た場所は遥かに遠い。 急がないと、娘が起きてしまう。 私は必死で走った。 息は切れ、呼吸をすることが苦しい。 頭はずっしりと重い。 それでも走ると息は切れ、喉の奥から血の匂いがした。 それに後頭部が痺れ、足の感覚も無い。 大粒の雨が降っているせいで、視界が悪く、雨粒が目に入ることが避けられないせいで片目が全く見えなくなった。 残った方の目を擦りながら走り続けた。 もう少し。 もう少しで娘が待っている車に着く。 もう少し。もう少し。 しかし、いくら走ってもあの店は無い。 私は娘のいる場所をすっかり見失ってしまっていた。 それどころか、店の外観や周辺の風景の記憶も薄れてしまっている。 私は慌てた。 慌てて周辺を見渡した。 誰か、土地勘がある人にあの店の場所を聞かなければ、私はあの店がどういう店であったのかすらも忘れてしまう。
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