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緩和病棟の最期の時を前にしてスタッフが声をかけて来た。
「お父様は、お日様の見えるお部屋と緑の見えるお部屋と、どちらになさいますか?」
僕らはまだ意識はしっかりしているが、声の出にくくなった父の耳元で、
大好きな木の見えるところがいいかな?と言うと父は微かに頷いた。
こうして父が最期を迎える個室部屋は、大きい高めの窓で、
緑というには少々ワイルドな、雑木林が臨める部屋に決まった。
冬の疎らな木々の隙間から、抜けるような透明な青空が見える。
父のベッドの横に家族用のベッドも用意して貰い、
僕と姉は交代でそこに転がって、こりゃあいいねと寝心地を確かめた。
父は横目で満足そうにその様子を見ていた。
絵を始めたばかりの人が、まったいらの青空にとにかく緑を重ねて木を描いたような
そんな窓の形に切り取られた景色が、父が見上げる最期の空となった。
父はこの空に何を見ていたのだろう。
父のために何かする時は、不思議と天気に恵まれた。
それは今までも、葬儀の時も、その後の法要や納骨の時も、
月命日の墓参りの今日までも続いた。
最後まで気遣いの人だね、と姉は少し笑った。
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