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苦し気な吐息混じりにそう言った。見上げると、彼の手には柄が薄紅色のワイングラスが握られていて、中には赤ワインが満たされていた。赤ワインのかさは、彼が肩で息をするのに合わせて、ゆっくりと上下しているように見えた。高級なワインは呼吸をするという。このワインもそうなのだろうか。そういえば、ワイングラスにもほんのり色が入っているし、特注品なのだろう。
「惜しい所まで来ているな。そう、このグラスに入っている物は、値段が付けられない物だ」
そんなに高級なワインなのか! 目を輝かせてグラスを見つめる私に観念したのか、彼はのろのろとグラスを下ろし、私の顔の近くまで下げ、くるくるグラスを回して見せた。グラスいっぱいのワインは、鉄と潮の香りがした。大海原に浮かぶ一艘の船の上で飲むワインを彷彿とさせた。
なるほど、高級ワインも極まる所まで来ると、木製の樽ではなく、鉄製の樽で熟成させるのかもしれない。そして潮の香り。アイスワインという甘いワインがあるのは知っていたが、塩辛いワインもあるのかもしれない。
私がごくりと喉を鳴らすと、彼もまたごくりと喉を鳴らしていた。気が付くと、彼の顔は真っ青だった。
「ちょっと、待ってくれ。飲む前に、種明かしをさせてくれ」
息も切れ切れに言うと、彼は私の顔の前からグラスを離し、再び頭の上にグラスを掲げた。グラスを奪おうとした私は、そこでようやく手足が動かないことに気が付いた。固まっているというよりは、命令が伝わらない感じだ。
「やっぱり麻痺させておいて正解だった」
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