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「お邪魔します」
という声と共に、調理室に入る。
調理部の皆さんは、「あらまた」という顔をして、笑顔で会釈してくれた。
私が目指すは、女子だらけのこの部でひとり涼しい顔で調理をしている男子生徒の元だ。
「彰人ー。今日は何作ってるの」
「……お前、当然のように入って来るなよ」
私の幼馴染、彰人は露骨に顔をしかめていた。
よく、「彰人くんってテニス部?」と聞かれるけど、たしかに見た目はテニス部にいそうだ。少し爽やかというか。しかし爽やかと言うには、彰人は不愛想にすぎる。
「まあまあ。失意の私を慰めなさい」
「失意?」
「そう、失意」
詳しいことは言わなかったが、彰人は察したようだった。高校になって私がスランプに陥っていることは、今まで彰人に散々愚痴っていたから、わかったのだろう。
最近は、愚痴を言う気力もなくなってきたけれど。
「ふーん」
彰人は相槌を打ち、メレンゲをかきまぜていた。
「で、今日は何作ってるの?」
「シフォンケーキ」
「おお、いいね。大好物」
思わず破顔すると、彰人は呆れてため息をついていた。
彰人は昔から、お菓子作りが得意だった。将来パティシエを目指しているらしい。
昔、夢を語り合ったことを思い出すと切ない。私が先に夢を叶えるのかと思っていた。だけど私は停滞し続けたままだ。
「つーか、作り終えるまで時間かかるけど、それまでいる気か?」
「うん。お構いなく」
私は椅子に座って、鞄から文庫本を取り出した。
彰人は呆れてものも言えないようだった。
完成したシフォンケーキを、私はじっくりと味わった。
「おいしいー」
作った当人はとっくに食べ終え、私を見ているだけだった。
なんとなしに、机に置かれた彼の手を見やる。この武骨とも言える骨ばった手指が繊細なお菓子を生み出すのだと思うと、不思議な気持ちになった。
「余った分、持って帰るか?」
「お願いします!!」
そんな嬉しい提案、断るはずがなかった。
じんわり染み込む甘さを味わいながら、ほうっと息をつく。
彰人が作るシフォンケーキは何度も食べているけど、どんどんおいしく、上手になっている気がする。
対して、私の写真はどうだろう。
「そういえば、今度の日曜日試作しようと思ってるのがあるんだけど、来るか?」
「行きます!!!」
これまた、断るはずがなかった。
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