青年、鯨

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「違う! 何かの間違いなんです!」  ガシャン、ガシャン。鎖が床とぶつかる。必死の形相の少年は、唾を飛ばしながら叫ぶ。 「本当に違うんです! 僕じゃない!」 「今日は一段と五月蝿い奴だな」  鎖を握る刑務官は、うんざりした顔で言った。パジャマのような白い服を着た黒髪の少年を中心に、二人の刑務官が並んでいる。ふくよかな手ぶらの刑務官が、少年の肩に手を置いて微笑みかける。 「わかった、わかった」  少年の肩から力が抜けるのを見て、ふくよかな刑務官は少年に続けた。 「皆、そう言うんだよね」  と。その後、少年が発した悲鳴とも怒号ともつかない叫び声は、刑務所全体に響き渡って……しゅんとしぼんだ。 ◎◎江戸◎◎  西暦、二一XX年。日本は未だ存在している。世界地図もここ百年近く、何も変わっていない。細かいことは変わっているけれど、大きな事件は早々起きないものだ。もしかしたら、僕の知らない内に、どこかの民族が滅んでいるかもしれないけれど。教科書は、そういう些細なことまで教えてくれない。  さしあたって重要なことは、現代日本の刑罰の一つに『江戸送り』が追加されたことだ。江戸と言っても、江戸時代の江戸に飛ばされるわけではない。そう、タイムスリップは未だ夢幻の技術なのだ。  ここで言う江戸とは、仮想世界の江戸をさす。この辺りの詳しいことは知らないけれど、人間が生きるには、この世界は物理的に狭くなってしまったらしい。そこで、的になったのは囚人だ。囚人を一部屋に並べて人格を仮想世界に飛ばせば良いんじゃないか、と言い出した奴の頭はどうなっているのだろうか。それにOKをだした偉い奴等も頭がイカれている。サイコパスだらけだ。日本国憲法では、どんな人間でも自由に生きる権利は認められている筈なのに……。  というわけで、現代における『江戸送り』とは、あくまで江戸時代っぽい江戸っぽい仮想世界に飛ばされることを言います。ここ、テストに出るので覚えておいてくださいね。 ++++++++
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