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上体を起こそうとしただけで、天狗の年老いた体には痛みが走った。
腰痛と膝のリュウマチのせいで、立ち上がることさえ辛い。
では空を飛んで行こう、と考えた。
だが飛ぶことはおろか、背中についている羽を広げようとしただけで、関節がぎしぎし軋んだ。
「体がだるいし、そこら中がいたい。あの年寄り妖怪め」
苦痛を訴えると、俺を乗せた草亀は溜息をついた。
「いたわしや、天狗さま」
「体が痛むのは同情するけど。妖怪ごときに、たいそうな呼び方だな」
「口を慎め。妖怪などではない、『導きの神』だ。それどころか75年前、このあたり一帯を大禍から守って下さった、お前にとっても大恩あるお方なのだぞ」
太平洋戦争末期の空襲のことだろうかと、ぼんやりとした頭で俺は考えた。
「身の丈八尺の偉丈夫だったのに。力を使い果たした末に、体も縮んでしまわれた」
空襲の後、背丈が今と同じくらいに縮んだ。
人間で言えば青年のようだった見た目も、一気に老け込んだという。
齢千三百歳を超える天狗は、失われた力を取り戻すため、ずっと山へ籠っていたそうだ。
だが背丈は元に戻らず、顔も体も若返ることはなかった。
「おいたわしい」
道すがら、亀は何度もくり返す。
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