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「お金、渡せばいいんだろう?」
「そうじゃなくて、わたしはスズキさんを」
言葉が途切れた後、俺は右の拳の痛みに気付いた。気付いてはいたものの、もう止められない。俺はもう一発、二発と拳を振り上げて、気づけばあいつの上に馬乗りになっていた。血だらけの顔面と、涙。俺を憎んでいるような、しかし慈しむような大きな瞳。
力一杯あいつの首を絞めて、あいつが失神してしまってから正気に戻った。正気に戻ると一気に現実が押し寄せてきて、あいつの心臓の音を聞いた。生きている。息が切れた俺は、近くの自販機まで行って水を買った。そしてそのまま逃げたのだ。眩しいほどの日中だったのに、暑さを感じなかったことは覚えている。
もちろん、捕まるまで大した時間はかからなかった。
俺を恨んでいるだろう。俺も、俺自身を恨んでいる。
それでも、俺はあいつに会いたい。どうしようもなく焦がれた思いが、俺の心の渇きとなって剥がれない。
今一緒に暮らしている女にも、手を上げたことは幾度かある。その度女は震え、涙を流し、床を這う。
馬鹿な女だ。
俺はバスを降りて、面接を受ける会社へ向かう。
fin
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