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「俺が君を甘やかしてあげられるのも、あと一年。一年後には君はここを卒業して、今より広い水槽に移らなければならない」
「水槽?」
「そう。学校のこと、水槽みたいとか思ったことない?」
「初めて思った」
先生の話すことはいつも魅力的で、わたしの中で上手に着地する。わたしはきっと、一生彼の言葉を忘れない。彼への恋心を忘れた頃にも、何かの拍子にふと思い出して、懐かしく思うだろう。
そんな未来が、わたしは怖い。
「君には輝かしい未来が待ってる。走らなくてもいいから、今できることをひとつひとつ頑張るんだよ」
今できること。そんなことはもう、言われなくてもわかっているのに。
わたしは立ち上がった。
「……練習、出てくる」
「少し大人になったか。陰ながら応援しているよ」
ひらひらと手を振る先生に、わたしも手を振った。教室に戻れば、きっとクラスの大半の生徒が驚く。担任だって。
わたしは渡り廊下を走る。秋風が少し冷たいけれど、この場所で過ごせるこの季節は、あともう一度しか残されていない。
そう思うと、現在の肌寒さすら愛おしく感じられた。
fin
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