引力。

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引力。

二十年吸っていた煙草をやめた。酒も付き合い程度に留めるようにして、無駄な飲み会も断るようになった。 久しぶりに着た背広の上着のポケットにライターが入っていて、多少の苛立ちを覚える。そして、微かな煙草の匂いに懐かしさを感じた。 あいつに嘘をつき続けていた日々を、俺は死ぬまで忘れられないだろう。俺のくだらない嘘に騙され続けたあいつも、俺への憎しみを忘れられずに死ぬのだろう。 憎まれて仕舞えばこちらのもので、俺に縛られ続けるあいつを思うと笑みが溢れる。伸びた髭をさすり、喉で笑う。卑しい笑い声が散らかったアパートで、何者かにその笑い声が吸い取られていく。 馬鹿野郎。右手の拳には未だに癒えていない傷跡。この手を振り上げたとき、怯えた顔をしていたあいつ。執行猶予があるのなら、俺は再び善人のフリをしてあいつの靴を舐め続けるだろう。 「面接、頑張ってね」 甘ったるい猫なで声が、俺の神経を逆なでする。どうせ上手くなんか行かないだろう。そんな声が聞こえた気がして、俺は拳を固く握る。腹が立って仕方ない。
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