引力。

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「頑張るよ。いつも迷惑ばかりかけてごめんな」 どこの会社が前科者の元犯罪者を雇うんだよ。自嘲気味に笑えば、俺は自分自身を地の底へ落とすだろう。 髭を剃り、アパートを出てバス停まで歩いていると、近所にある高校の制服を着た女とすれ違った。あの頃のあいつとよく似た制服だ。秋が深まり気温が下がってきたというのに、短いスカートを履いている。この時間に歩いているということは、遅刻かサボりか。あの年齢の子供は、常に見えない何かと戦っている。些細なことに腹が立ち、些細なことに喜びを感じる。感情に振り回される時代を経て、感情を殺し大人になる。 バスに乗ると俺は目を閉じた。そうだ、あの頃のことを少し思い出そう。俺の人生を狂わせた女のことを。人生が狂ってしまうくらいの、純愛を。 狭くて日当たりの悪いアパート。俺の服が散らかっているのを見て、あいつは苦笑いをしてそれらを片付けていた。俺のネクタイを緩めるあいつの手は白くて柔らかくて、男と女はまるで別の生き物なのだと、あの頃の俺に錯覚させた。肉体を剥いでしまえば、まるで同じ欲望を持った人間であるというのに。 「これ、先に渡しておくよ」 「いつもありがとう。スズキさん」 大好き、と呟かれた言葉は俺の心に染み込んで、洗濯しても二度と取れないような染みになって残った。俺はあいつに偽名を名乗り、あいつはその偽名で俺を呼んでいた。
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