烏滸がましい。

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部屋に入ると彼はソファに腰掛けた。まるでこの部屋に住んでいるような素振りがおかしい。しかし二年前と何も変わらないわたしの部屋で、不慣れな振る舞いをするのもおかしな事だ。彼は嘘をつかない。 「こっち、きて」 わたしを手招く彼が、悪魔に見えた。ただの性欲だ。わかっている。わかっている。やめろ。やめろ。 頭の中で犬が吠える。吠えているのに、わたしには聞こえない。全ての景色がガラスの向こう側にある。 彼の手がわたしの腰に触れた刹那、わたしは過去を回想した。彼の言葉は、幼いわたしにとって世界の全てだった。彼の口から出てくる言葉全てが新鮮で、わたしの世界を広げた。 『他人を傷付ける言葉を持っていない人が好きなんだ、俺はそういう類の言葉しか持っていないから』 自嘲気味に言った彼を好きだと思ったのだ。他人が羨むような地位にいるのに自分を蔑む彼は、妙な魅力を持っていた。わたしにとって、神様だった。それはきっと、過去形ではない。 「おっと、危ない」 彼の言葉で我に返った。 「また手を出してしまうところだった」 言葉の意味がわからず、わたしは混乱する。少し乱れた洋服が、みっともない。
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