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「俺はもう、君に手は出さないよ」
絶望に陥れるのが上手なのも、昔と変わらない。これで反吐が出ればわたしも世間から見れば楽になるのだろう。見慣れた部屋が、やけによそよそしい。
「じゃあ何故、今日ここに」
「淋しかったから」
断言する彼が恐ろしいが、恐怖と恋愛感情は紙一重だと、それを教えてくれたのも彼だったか。
「それでもいいから、今夜はここにいてほしい」
「君がそう言うなら、仕方がない」
蛇のような質感の彼の手が再びわたしに触れたとき、わたしは泣いた。明日の朝には彼は消えてしまうだろう。それでも憂鬱を飼い慣らし、幸せを遠ざける彼がわたしには必要らしい。痴人の愛の譲治はこんな気持ちだったのだろうか。飢えて愛を求める。しかしわたしが手に入れたそれは愛ではなく、ただの欲望だった。
「俺はお前の人生からそう遠くには行かないよ。安心して」
吐くのは毒か蜜か。ああ、蜜のような毒だ。わたしは愚かな蝶だったことを忘れていた。
fin
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