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1.
秋風が吹き抜ける草原に、少年がいた。
草の上に寝転ぶ少年は、手にした杖で空に浮かぶ雲やらをなぞる遊びをしている。杖といっても森で拾った樫の木切れだ。見つけてからずいぶん経つが、先が鉤状になっていて仕事に使うのにちょうどいい。
少年はそれを大切に使っていた。
少年の名はダソルという。
羊飼いだ。
空いているほうの手で髪を弄びながら、自分でも意味の分からない、異国の歌を口ずさみ、ひとつ大きなあくびをした。
伸びるがまま艶の無い黒髪は、髪を束ねている麻紐と同じくらい手触りが悪い。
のどかな昼下がりだ。だが、日も短くなった。そろそろ戻る準備をしないと。
ダソルは身を起こし伸びをした。
草を食む羊たちが散らばる草原は綿花の花畑のようだ。
その中に紛れる相棒の姿を見つけ、息を吸い込みダソルは大声で呼んだ。
「ユン! そろそろ羊たちを集めよう。カイを呼んで」
「わかった!」
すぐにはつらつとした声が返ってきた。ユンはダソルの弟分だ。
ユンが口笛を吹くと、どこからともなく中型の犬が二人の前に躍り出た。
ダソルがそのつややかな栗色の毛を撫でてやると、牧羊犬のカイはちぎれんばかりに尻尾を振る。
「いい子だ。カイ、羊たちを集めよう」
そしてダソルの手をぺろりとひとなめするとカイは跳ねるように走り出した。
「ダソル、昼寝は捗った?」
ユンは肩をすくめていたずらっぽく笑う。ダソルは目を細め、「こいつめ!」と、羊のようにふわふわしたユンの黒髪をくしゃくしゃと撫でた。
同じようにダソルの頭を撫で返そうとぴょんぴょん跳ねるが、背の高いダソルの頭には到底届かない。そんなユンを見るダソルのそばかすだらけの顔が綻ぶ。
ユンの黒目がちな大きな目が嬉しそうに輝くのが愛らしいのだ。
身寄りのないダソルは、同じく身寄りのないユンを本当の弟のように慈しんでいた。
ダソルは物心ついたころから一人きりだ。自分がどのようにして育ったのかも分からない。辿れるところまで辿ってみても、すでに今の旦那のところに奉公してる記憶しかない。
ダソルが七つのころ、旦那がみなしごを引き取った。それがユンだ。それ以来、ユンとは兄弟のように育ち、ずっと一緒にいる。
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