いつものところで

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「アンタはいったん専業主婦になるんでしょうが! 社会になんて出ないくせに、よく言うわよ」 憎まれ口を叩きながら、律が呆れた顔を見せた。 「それを言うなら、学生結婚した私の勝ちよ」 ふん、と高らかに鼻を鳴らす真似をして、美沙紀が笑った。 「言っとくけどね、今時アンタぐらいよ、妊娠したわけでもないのに学生結婚なんて」 と律が返すと、美沙紀は目を丸くして人差し指をぴんと立てた。 それが彼女の、何かを思い出したときのクセだと、果歩も律も嫌と言うほどわかっている。 「あ、した」 「え?」 「え?!」 2人の声がユニゾンした。唇のカーブを深くしながら、美沙紀が照れたように両手を頬に当てる。 窓から注ぎ込まれる春の光がダイヤモンドに反射して眩しい。 「式のときはしてなかったよ? もちろん。でも今、してる。もうすぐ3ヶ月だって。一昨日、病院で言われたばっか」 「えー?!」 2つ隣に座るグループから視線を向けられる程度には大きな声が、律から上がった。 すぐに慌てて口を覆うあたり、パニックになっているわけではなく理性もしっかりあるらしい。 「おめでとう!」 他の言葉が見付からず、ありきたりなセリフになってしまった。 果歩は何だか不甲斐ない気分になった。けれども、美沙紀は目を細めて心底嬉しそうに笑ってくれた。 シンプル・イズ・ベスト。こんなときは逆に、普通のお祝いが最も喜ばれるものなのかもしれない。 「ありがとう! ご祝儀待ってるから」 ニヤリといたずら娘の顔でピースサインを出す彼女に苦笑する。 「あげたばっかりじゃん!」 と、不服そうに言う律に、容赦なく美沙紀が 「悔しかったら早く結婚しな」 と言った。 「腹立つわ」 はは、と笑って律が再度、コーラのカップに手を伸ばした。びちゃ、と氷の溶けた音がする。 飲むわけでもなく、ただぐるぐるとカップを回す友人の姿に、果歩は一層の寂しさを覚えた。
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