いつものところで

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「……こういうやりとりも、もう、当面できないんだね」 ぽつり、口をついて出てきたのは『不安』。明日からの新生活には2人がいない。その事実をまだ、果歩は自分の中で消化できていなかった。 オムツの頃からこの町で、3人ずっと一緒に育ってきた仲だ。 小中高、そして大学も同じところで、親にも話していないようなことだって、お互いに知っている。 血よりも濃い何かで結び付いてきたという自負さえ持つ3人だが、いよいよとうとう明日から違う世界で暮らし始めることになった。 律は就職で東京へ、美沙紀は転勤族の夫が暮らす北海道へ行く。果歩だって、この町に残るとはいえ、明日からは社会人。2人のいない世界で暮らし、働く日々が始まるのだ。 半径1キロ圏内で生まれ育って、毎日のように顔を合わせてきた3人がついにバラバラになる日を迎えようとしていた。 なぜ、離ればなれにならなければいけないのか。必然だとはわかっていても、ギリ、と心臓が痛むのは止められない。これっぽちの不安にも襲われない新社会人など、きっと、一人もいない。 「……そんなことないって! だって私、半年も経たないうちに里帰り出産でいったん戻って来るつもりだし。連絡は今まで以上にたくさん取りあおう? ね?」 ワントーン、美沙紀の声色が上がった。今度は果歩が気を遣わせてしまったらしい。罪悪感はあるものの、ごめんという一言は言えなかった。 言うと、何かが決壊してしまいそうだった。 「そうだよ。それに東京っつったってさ、新幹線でビューンだよ? すぐだよ、すぐ。その気になれば日帰りだってできる」 珍しく律まで、宥めるような喋り方になっていた。それだけで泣きたくなるのは、春のせいかもしれない。人はとかく、温かさに弱いものだから。 すとん、と沈黙が訪れた。女3人、ほとんど毎日顔を合わせていても、何かしら常に話題はあった。 けれど今は、それがない。3人ともがそれぞれに言葉を探している。 話題がないわけでは決してないはずだったけれども、今、この場に相応しいものを誰一人として見付けられなかった。
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