<第9章> 思えば思わるる

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 時間は十時五〇分。まだ綾香はスタート前なのだろうか。翔は歩道を走り続けた。ぜいぜいと息が荒れる。普段走り慣れない体に、全力疾走の連続はきつい。 (間に合ってくれ)  息が上がり、足がもつれて転げそうになるが、今自分が出せるすべての力を出し続けた。  やがて黒山の人だかりが目に入った。中継地点はあそこらしい。綾香はどこだ?まだ出発前なのか?  沿道の人混みで、待機している選手が見えない。もう少し近づかなければならない。 「加賀屋!早く!」  中継点のすぐ横の歩道に、手招きをする沙知が見えた。 「神ノ木は?」  翔は叫んだが、沙知は手招きをしてるばかりだ。仕方なく翔は沙知の元まで走り、はあはあと荒れた息のまま尋ねる。 「もうスタートしてしまったのか?」 「こっちに来て」  沙知の先導で人垣をかき分けて、歩道の一番車道側まで移動する。車道が見える所まで来たが、一番前には警備員がいて、歩道の一番前にまでは行けない。 「ほら、あそこ」  沙知が指差す先を見ると、コースである二車線の車道に中継点のラインが引かれ、何人かの選手が前走者を待っている。その中に、険しい顔をした綾香がいた。濃紺のランニングシャツとパンツ。シャツの胸には『阿倍学園高』の白い文字。頭にも濃紺に白文字で学校名が書かれた鉢巻をしている。まだ前走者は見えない。  ぎりぎり間に合った。翔はほっとした。     
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