<第3章> 蟻の思いも天に届く

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 教室に足を踏み入れ、さり気なく周りを見回す。十人くらいの生徒がいたが、綾香はまだ来ていないようだ。姫松はもう登校していて、廊下側の一番前のいつもの席に座っている。 (しまった。教室の後ろ側でなく、前の扉から入るべきだった)  翔の席は廊下と反対の窓際で、一番後ろの席だから、いつも後方の扉から入るのが癖になっている。  翔は最後列の後ろを歩く。教室の中ほどの、一番後ろの席に座っていた女子生徒が、近づいた翔の顔を、ふと振り返って見上げた。 「あれ?加賀谷君?おはよう」 「お、おはよう」  翔は慌てて挨拶する。このクラスになって三週間。女子生徒から挨拶の声をかけられたのは初めてだった。 「髪、切ったんだね。一瞬、誰かと思ったよ」 「へ、変かな?」 「変じゃないよ。いいじゃない」  笑顔を見せ、褒めてくれる。 「あ、ありがと」  冷静を装い礼を言ったが、内心は舞い上がっていた。女の子に見た目を褒められるのは初体験だ。なんだか気分がいい。  自分の席に着くと鞄を下ろし、心を落ち着かせようと胸に手を当てる。よし!行くぞ。トイレに行くふりをして、姫松の席のすぐ前の扉から出る時に挨拶をしよう。 そう心に決めて机と机の間を教室の前に向かい、扉を目指す。 扉のすぐ横の席には、机に向かって何かメモを取る姫松の姿が見えた。  心臓の高鳴りが、どんどん増していく。落ち着け、たかが挨拶じゃないか。     
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