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気がついたら可愛の実家の前に立っていた。馬ではなく、自分の足で駆けてきたらしく、腰から下ががくがくする。
可愛の実家から人が出てきて権定の前にきた。それがその家の下男であることはわかったが、びくびくと怯えながら震える声で話すので何を言いたいのかわからない。
「で、ありますから」
「なんじゃ。はっきり申せ。わたしは可愛を連れ帰りにきただけじゃ」
その頃になってやっとおいついてきた中元が権定の足元にへたり込んでぜいぜいやりはじめると、下男はヒイッと息を止め後ずさりした。
「可愛お嬢様は酷くお疲れなんです。婿様にはおかえりいただくようにと、旦那様が」
「疲れておるなら我が家で休めばよい!」
感情的に怒鳴ると屋敷からもうひとり出てきた。見ればそれは可愛の父だった。
「娘を罪人が如く牢へいれるなど知っておれば、そちらに送りなぞしなかった。おかえりください」
「それはそちらが前妻の償いをさせてほしいと言って差し出してきたのでしょう」
「後妻であれば何をしてもよいという道理にはなりませぬ」
「可愛は、可愛は嫌がってなどおらなんだ。あの閨だって嫌がらずいたのだ」
「あんなところへ祝言の後からずっと押し込められていた娘が不憫でならぬ」
「可愛に会わせてくれ。可愛ならわかる。あの閨は」
恐慌状態ともいえるほど、権定は取り乱していたし、可愛の父もまた頑なだった。
その時塀の上からなにかがドサリと落ちてきた。権定たちがそちらを見ると、可愛がのっそりと身体を起こしてあたりを見回している。
権定と父が対峙しているのを見るや立ち上がろうとしてふらついた。
「可愛!」
駆け寄り支えたのは権定だった。外で見る可愛は青白い頬で随分痩せ、また身体も弱っているようだった。
「可愛、可愛!」
初めて彼女の手を握ったあの庭先での出来事が思い返される。あの時よりも頬はこけ、目の下には隈もうっすらとあるようだ。
「旦那様。落ち着いてください」
「だが、可愛が」
「どうともありません」
そういいながら権定の肩を抱いてきたので、今度は権定がふらふらと座り込む番だった。
「うぅ、うわああ」
「可愛は旦那様のそばを離れませんから。大丈夫です。さあ、一緒に帰りましょう」
大の男が声をあげ泣く姿を、周囲は不穏な様子で遠巻きに見ている。可愛の父は気味悪そうにさえしていた。
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