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この家に来るまでのこと
可愛は武家の次女として生まれたが、長女が奔放な質で馬が合わず喧嘩ばかりするからと祖母の家に送られ、そのまま忘れ去られたようにその家でただ静かに過ごした。祖母は熱心に可愛を立派な女に育て上げようとしてくれていたようだが、権定に見初められる前に死んでしまった。
葬式を出して、その次の日の朝には迎えがきて喪が開ける前につれてこられて顔合わせをし、そのまま屋敷に留め置かれ祝言をあげてしまった。
武家というのはなにかとうるさいのだろうと思うのだが、権定の家はそうともいっていられなかったらしい。
権定家の当主権定(けんじょう)が妻女を斬り殺したのは三月前のことだった。妻女が不義密通の末に屋敷を出奔し、追いついた権定がバッサリ切り捨てたのだそうだ。
愛妻家ではなかったらしいが、しかし潔癖の気がある権定が妻女を殺めたことを誰もが深く責めることはなかった。
間男共々斬って捨てた権定は、日頃の働きぶりもあって咎を受けることはなく、ただ妻女の実家が割を食うことになったのはいうまでもない。
その実家というのが可愛の本家だったということで、すっかり忘れ去られていた可愛を引っ張り出してきたというわけだ。
顔合わせの日。神社の表にある料亭の庭がとても綺麗な座敷に入ると、すでにきていた権定が背筋をしっかり伸ばし座っていた。傍らには可愛の本家筋の男が怯えたようすで権定の顔色を伺いながら見ている。
権定は可愛を一目見るなり、なんでももうどうでもよさそうな顔をしたのだが、可愛がどうも男を知らないとわかるやいなや態度がずっと優しくなった。それまで感じていたトゲがすっかりなくなって、まるでおろしたての筆先でくすぐるように話しかけた。
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