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それが愛情の表現だと思っていた。今ならわかる。ただ間男に重ねていただけなのだろう。
逃げ出してまだ四半刻もしていないと聞き、この屋敷がある城下から抜けて隣国へ出る街道への近道を馬で駆け抜ける。普段より鍛錬を欠かさなかった権定が逃がすはずはないのだ。もともと足の早い中元が息を切らせついてきているのを確認するのを忘れない。
林を抜け開けたところで顔をあげて見回すと道の先に男女が早足で行くのをみつけた。傍らの男を見る女の横顔を見間違えることはない。手ぬぐいを頭にかけていたがそんなものは関係ないのだ。
(いた)
馬を急かせて男女の前に回り込むと、女の方が敵意のこもった目を向けてきた。
「帰りませぬ!」
たぶん、そういうことで彼女なりの決意を表したつもりだったのだろう。
「わたくしは帰」
バツンと筋や骨を断つ。まずは男の方からだ。この男がどこの誰だなんてどうでもいい。足を斬って倒れたところを胸に刀の先を落として貫いた。
突っ立っていた女は一思いに斬ろうかと刀を振りかぶる。女は随分と落ち着いた顔で権定を見上げていた。帰らないといったのだ。つまり生きてはいられないと理解していたのだろう。
命乞いも、問いかけも、実家のこともなにもかもを投げ出し、あっけなく死んだ男と逝こうと決めていたなんて。
刀を振り下ろし、女の肩に振れるかどうかのその瞬間、女の目が権定ではなく間男に向いた。恋慕とは、たぶんそういうことなのだろう。
権定にはわからない。
返り血が思った以上に広くに飛び散り、権定の肩を汚したことのほうが重要だった。中元があとからおいついた実家の下男たちと共に死骸を荷車に乗せたりしている間、羽織を脱いだ。生臭い獣のような臭いがしたのだ。女の返り血から臭ったのだろう。
自宅へ帰り母が用意していた風呂に入る。庭には権定が斬り殺した妻と間男の死体が仲良く並べられ筵を掛けられているだろう。
(また嫁取りをせねばならないのか。面倒な)
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