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この均衡へと介入してくれるような救世主候補の姿は一人も見当たらない。
覆りようもない現実に絶望した青年のパニックに拍車がかかる。
仮に誰かがいたとしても、いらぬ厄介ごとに巻き込まれまいと傍観を決めこむ者が大半であるだろうし。
そもそも店員がクレーマーに対して別の客を当てにすること自体、根本的に間違っているのだと青年は気が付かない。
おそらく、このまま仕事が終わり、帰宅すると同時にパソコンの電源を入れ、インスタント麺をすすりながらこのクレーマーのことをネット掲示板で口汚く罵って憂さを晴らすであろうその辺りの甘えが、自身の人生を息苦しくさせている要因の一つだということにも、彼はまったく気付いていない。
有線放送から流れているのは青年の好きな女性アイドルグループの最新ポップス。
軽快なメロディーラインと、友人の甘酸っぱい恋模様を第三者的な立場から応援するような歌詞は皮肉にも、弱気になっている今の彼を鼓舞するにはうってつけのものではあった。
しかしながら、そんなメッセージを聞き取る耳も、染みこませる心の余裕も、青年は持てないでいる。
「申し訳ございません。どうか致しましたでしょうか、お客様?」
店内BGMの間を縫って澄んだ声が響く。
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