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ぽつぽつと透明なパックから落下音が響き、一歩踏み出すことに彼に近づいているのがわかった。
はぁ。はぁぁ。
肺に空気が詰まり、呼吸が荒れる。リズムを整えようと大きく深呼吸をするも、治まる気配はない。
琴音は揺れるカーテンを開き、静かに吐息する彼の名を口にした。
「輪(りん)……」
黒ずんだ右眼と砕けた左脚。
残された肉体は衰え、人間と視認するのがやっとな程度。病衣から除く術式だらけの肌は、一つ一つが生きているかのように鼓動し、触れる者を拒絶している。
彼はもう目覚めることも死ぬこともできないただの呪詛の塊であった。人間の病状で例えると植物状態に近いが、彼は永久にこのままである。
琴音はそっと彼の頬に触れ、何度も名を口にした。でも、彼からの返事はなく、ただずっと静寂が支配するだけであった。
「輪。私は……」
琴音は唇が白くなるまでぎゅっと噛むと、悔いるようにしゃがんだ。
彼にこうなる運命を背負わせたのは、琴音であり、けして償いないきれる代物ではない。
今更後悔しても、手遅れなのだ。
無力なのはいつまで経っても変わらない。
彼に助けられた過去も、彼を使い捨てた現在も。
「私は、最後まであなたのパートナーです」
琴音は髪を一本抜き、彼の小指に巻いた。
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