2.空、ふる、開いた本

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2.空、ふる、開いた本

 僕は小説を書くことがしたくって文芸部にいる。  だから僕は小説を書いている。合評会に月に一本、ネットのコンテストサイトにも月に一本。文芸誌にはまだトライしていないけれど、もうすぐ十月。お腹で育てた僕の子供が産声を聞かせてくれるだろう十月と十日。 「木山さんは? 『純文』投稿するの?」 「いえ、私は」 「そうなの」 「はい」  夏目部長と副部長の木山さんの会話を反芻する。イメージのお手玉になって不揃いの言葉玉が僕の掌を行ったり来たり。いっそ落下して小豆や雑穀をばらまいてくれればいいのに。そうすれば、雑炊にでもしてお腹にくれてやるのに。  僕の掌は落とさない。ちゃんとしている文章のように、隙のない文章のように。僕の掌は正確でつまらない。人が笑うのは人の失敗したときだってね。わかってるのにね。 「どうして? この間の『水面花鳥風月』なんて素敵だったわよ」 「まだ、その、自信がありません」 「自信なんて私にもないけれど、機はそのきにならないと熟さないわよ。わかる?」  夏目部長の言葉は遊んでいる。あれが、僕にはできない。僕は小説で遊べない。なんで。なんでだ。 「はい……。でも、それぞれ、の地点があると思うんです。私にも、立っている場所があってそこにも空はありますし、雨も降ります。鳥も鳴けば、雲も寝ています」  空。  物書きの空だ。  小説を書く僕の空。  僕も書いてるんだから、立ってる。地点も場所も得ている。なら、空はあるんだ。ろう?  僕は公園で寝る。  ベンチは背中の隙間に影を区切って僕を切断した。  どうだい。  冬の風は匿うべき標的をしぼりかねたように僕の瞳に涙をくれた。  どうだい。  空、に、物語があるだろうか。空が小説のアイディアをくれるだろうか。なんにも、浮かんできやしない。だから、僕は今日も現実から飛べない小説ばかり書いている。  空を見上げても、面白い小説は書けない。  涙をくれる冬風に、眼鏡のレンズを艶ぶきして僕は古本屋で一冊の本を開いた。  
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