3.僕の空にふった物語は

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3.僕の空にふった物語は

 必然。であったのだと後ろに立って思えるのは優越である。  偶然であったのだと後ろで思うとき、それは大抵膝を抱えている。  僕が入った古本屋、避けるように歩いた幅の狭い通路は脳内シナプスを想起させた。  手を伸ばせば伝達に足る距離で陳列された知能、人の頭。  出版社のプレート。見慣れた文庫の黄色い背表紙。僕の憧れた短編集は二冊在庫があった。切ない。誰かの捨てたゴミを誰かは今晩の御馳走として家族で食べる。それでも悲しいなんて思うことは許されない、人の生きるを悲しいと思っては、いけない。  プレートの外れ、陳列の隅。地球の輪郭の外に、爺ちゃんちの床の間で見たような物理的に重たい本をみつけて、僕は手に取った。洋書だ。洋梨はぬっとり、和梨はしゃきっと、なんだか人間性とは不釣り合いに思う。遊んでみる言葉、夏目部長の掌で如意棒だって伸びやしない。僕は、人の空ばかり見上げている。  ページが少ないのに一ページが透けるように薄い。辞書のような清潔さを思わせる薄さであるのに、中身は漫画だった。洋書だから、コミック。コミックソングで泣けるか大会は次の小説に登場させてみるかな。 「坂本君らしくない」うん、わかっています。  開いたページ、ショルダー鞄を汚い床と遊ばせて、屈んだ。空が、僕の空が何処までも開いた。拾い読めるわかり易い英単語と、淡くイマジネーションを漉いて妖の眼差しで乾燥させたような絵とキャラクターが、空にレールを敷いて伸びていった。  切り取られた空間、古本屋の一角で僕は空を飛んだ。この空で僕は飛ぶ、僕は、透明なキーボードを透明ではない指で叩いていた。先に走るタイプされた文字列が僕を呼び続ける。僕は応えるための自動人形になっている。物語を、僕が創っている。物語世界がそこにあるのだ。  盗作、パクリ、泥棒。そんな言葉が帰り道のショルダーバッグにリズムとなって本をくるんでも、僕は止められなかった。  検索する作者名、元はフランスの漫画、英訳の本。日本語の検索結果が皆無で、僕は狂っていった。きちがいピエロはどんな話だろう、今度SFマニアの鈴木先輩に訊ねてみよう。返事をする鈴木先輩の瞳はきちがいよりもそれだろう。楽しみだ。  僕の書く小説は、僕のもの、僕の空にふってきた物語。繰る本のページはただのレール、誰もそんなの気にも留めない。
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