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6.telegraph pole mother shadow
覚えた味は僕を芯から侵食していく。
「坂本君の次の小説読むの楽しみで眠れないぐらいだよ」
「坂本君の小説、いつかきっと本になるね、私、ファンになるから」
「坂本君の顧問でいることができて僕は嬉しい、そして少し恐ろしいぐらいだよ」
ページをめくって空を飛ぶ、なにかが切れて落ちたら僕が壊れる高さを越えてドンドン空が破けるまで。リスク、餌、代償。僕の全てを、引き換えに、飛ぶ。
電信柱、テレグラフポール、オーバーオールとでっかいフォーク、母親は笑顔で体が大きい。息子はお揃いのオーバーオールでお母さんのネルシャツの裾に手でしがみついている。
二人は夕景の影を伸ばして田園風景を歩いている。サンセット、カントリーサイド。寂しくて、心細くて、手、手。
心細くて母にしがみつくのは、人の子だけではなかった。
テレグラフポールの影もまた、お母さんを求めて、手を伸ばした。
ん、足が止まる母、見上げる目線は息子の不安感を表現している。クイクイ、二度引っ張ったシャツの裾。
「母さん」
「とれないよ」
「母さん」
「困ったね、影にくっついちゃった。しょうがない、とりあえず一人で帰りなさい、誰か呼んでくるのよ」
息子はそれができない。泣く。できないことを知らせる涙は、子供が生存のために覚えた生の一手目。て、手。ハンドトゥーリブ。
「気のダメな子だよまったく」
母親の嘆息はまぁるい気泡になってぷくぷくと空間を泳いだ。息子は指先でそれを割ってしまう。誰にもあげないって、顔が言ってる。
「よいしょっ」
母親は掛け声一発。ハン。ズルズル、影を引きずって歩く。
晩御飯はハンバーガーを買って帰ろう。
「坂本君、君の小説が掲載されるよ」
「今月の総点は坂本君の作品でした」
「坂本君、ネット見たよ、コンテスト大賞だったね、凄い」
僕の書いた小説はどれも褒められた、どれも憧れていた結果をくれた。
僕の空は本のページに吸い込まれて、僕は空を飛んでたつもりの落下に気が付き始める。
全部、僕の書いた小説です。ですが、それらは元々、漫画でした。
僕は、空を飛ぶために、本に落ちたのです。
僕は、狂っていたかった。
いつまでも。
なのに、僕が得た結果が、僕を正気に戻してしまう。
現実は僕のズレを許さなかった。
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