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7.公園のベンチ
僕は文芸部の部室に真実を持ち込んだ。一冊の洋書だ。物理的に殺傷能力が高い。仰向けに寝っ転がって読むのに細心が要る難敵。ページは薄く清廉。冬の空気に切れ味が鋭く、僕もまた切り刻まれた。一度開けば土下座してすがりつくだけ。開いた空を飛んでしまっただけ。
さようなら。
言葉だ、小説を書くために必要な言葉と、日常の意思伝達ツールとしての言葉と、僕にはもうその違いが不明瞭だ。
「坂本君……」
「君……」
「うそ、盗作? これ、全部坂本君の小説とまるっきり、おんなじ、それもこれと比べると坂本君の小説は、ちゃんとし過ぎている」
そうだよ。僕はちゃんとした文章が書けるからね。
僕は何も言わなかった。
言いたいことなどなんにもなかったんだ。
さようなら。
「坂本君!」
「坂本!!」
盗作でした。賞は取り消して下さい。掲載の話はなかったことに。
僕を消すことは簡単だった。
僕は、学校の焼却炉に本を放ってしまうと、夜の道を影を引きずって歩いた。洗面器は青。カンガルーは探してもいなかったから、モデルガンはモデルガンのままだった。
公園のベンチに寝そべってみる。仰向けに寝たら、背中を星の光線が貫いて背中を切断した。
膝を立てることもできない。
「そら」
「空」
僕は、小説で空を飛びたかった。
みんなみたいに。
僕が書きたかったのはエッセイじゃない、評論じゃない、ノンフィクションじゃない。
作り事、嘘の物語、僕が書かなきゃ何処にも存在しないもの。
現実を切って貼ってじゃ世の中が分厚くなるだけだ。そうじゃなくって。
夜の空に星が明滅する。
「死んだ、星が死んだ、またひとつ」
僕は消えてゆく星の数を数えて、笑った。
ベンチの横に置いた青い洗面器に溜めた涙の表面から、少女が顔を突き出して言う。
「馬鹿なことしたね」
ああああ、イエス。フール。アイアムアフール。
影は僕を掴まない。僕は頼りになるお母さんじゃないから。
背中の隙間に僕を貫いた星の光線がジジジっと砂を焼く音が聞こえた。
小説を、書ければよかったな。
僕が見つめる空にはいつまで待ってもレールが走らない。
さようならと声にしても、空は何も言わなかった。
僕はどうすればいいんだろう。
僕は、空をただ見ていた。
小説を書きたい気分だった。
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