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その年の秋、隣町にある靴屋のおかみさんが死んだ。
葬式の日、空はまるで鉛のような色をしていた。私が葬式会場についた時、もうすでに何十人もの人が集まっていた。眠そうな目をしている人もいれば、泣きじゃくっている人もいた。泣いてはいないが俯いて、唇を噛みしめているものもいた。
やがて、靴屋の旦那が表れた。会場に、一気に静寂が訪れた。彼は、一つ深呼吸をし、そしてこう言った。
「私は、決して悲しんではいません」
彼の右手には、基礎道徳書が握られていた。
「彼女は、サンタ・クラナへ旅立っていったのです」
靴屋の旦那の言葉を、皆は真面目に聞き入っていた。中には、目を潤ませるものも、ハンカチで目頭を覆うものもいた。
けれども私は泣かなかった。悲しくなかった訳ではない。ただ、私は、サンタ・クラナの姿を想像していたのだ。まるで水晶のように丸く、美しく光り輝くあの星の姿を、私は頭の中のキャンバスに描いていた。
物心ついた頃からずっと、その星は空の一番高いところにあった。
一人で薪割りをするはめになった日の夜も、悲しい事があって眠れない日の夜も、顔を上に向け、夜空を見上げれば、その星はいつも私のことを柔らかい光でつつみこんでくれた。
不思議な見た目の星だった。例えるならば、ビー玉くらいの大きさの透明な丸い水晶の中に、黄色や水色、桃色や橙色のガラスの破片をくずくずにして閉じ込めたような、そういう奇妙な見た目の星だった。けれども不思議なことに、夜その星を見つめていると、何やら温かいような、神秘的な気持ちになるのだった。
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