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残す則子への図らい
「(ため息ひとつ)私にはわからぬ、わからぬ。子が親に孝養を尽くすのは当然のこと。ましてあなたのような、御自分のすべてを捧げたような母であるならば…遺憾ながら高嗣様御一行はすでに奈良を立たれたと聞く。向こうで私が会って、為輔殿の人品を量ることもできぬ。それが無念じゃ」
「おおせのこと、万端ありがたく承りましてございます。それを踏まえた上でなお為輔を待ちとうございます。この眼で見、この耳で聞いて、我子為輔の形を確かめとうございます。不足があろうともすべては私の責任。それを受け入れてあげたい。どうか若様、則子奴の最後のわがままと思って、お聞き届けのほどお願い申しあげまする」
「相判った。つくづく感じ入りました。まこと為輔殿はよき母をお持ちじゃ。心行くまでお子との再会を果たされよ。高嗣様もあなたを見たい、会いたいと書に認められていた。彼の方とも心行くまで語り明かされるがよい。なお、そなたへの封戸(ふうこ※貴人に食と労力の提供を義務付けられた農民、下人。貴人に禄として与えられる)は……」
と云いかけたところで庵の前から人のせき払いがいたします。
「(咳払いの声)」
「なんじゃ」
「は。唯今大宰府より使いの者が。新羅特使の歓迎の宴、整いましたとのこと。至急お戻り願いたいということでございます」
「よし、判った。馬を引いてまいれ」
「は」
「(軽笑)いや、お婆、帰京を前に私も何かと多忙でな。ゆっくりそなたの話を聞くこともできぬ。私なきあとの暮らし向きは今と寸分違わぬよう、適当な数の封戸を付けて置く。身がきつければいつでも大宰府へ参れ。その旨監の役人に申し付けて置いた。また時々ここに見廻りに来るようにともな。だから何も心配は要らぬ」
「お心使いのほど、最後までありがとうございます。都でのさらなる御栄転のほどをお祈りいたしております」
「うむ」
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