た、為輔が……こ、こに?

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た、為輔が……こ、こに?

「た、為輔が……こ、此処に……(感極まって泣く)」 「婆殿、嬉しかろうの?お子とは何年ぶりの再会となるのじゃ?」 「はい、かれこれ三十五年ともなりまする。私が始めてこの地に来たのが為輔が十三才の元服の折り。その二年後に旅人様御帰京の折り、どうして居るかと居たたまれず私も随行させていただき、それ以来でございます」 「ではその時になぜ止まらなんだ。石上様に、まして為輔殿に誘われなんだか?袖を引かれたろうに」 「(軽笑)高嗣様のお蔭をもちまして為輔はすっかり石上の子になっておりました。恨み半分、涙半分の目で私を見ておりましたが、何をか申せましょう。これでいいのだ、ありがたいと高嗣様に手を合わせ、以後をたのみつつまた戻ってまいりました」 「(つい涙ぐむ)辛かろうの?則子殿。我父旅人の仕打ち、お許しくだされい」 「ま、何を申されます。旅人様、若様の山をも越える御恩、この則子いつの世も決して忘れません。どうか、どうか若様、お泣きあそばすな……(と云いつつみずからも涙ぐむ)」 と思わず家持の手を取り、肩に手を掛けていとおしむ則子でありましたが、その姿は傍目から見れば母が子をいとしむ姿以外のなにものでもありません。実際則子からすれば我腹を痛めた為輔のみならず家持も我、子であったのでしょう。方やの家持にしてもさすが後々の世までも名歌人、また万葉集編纂の君と尊ばれるお人、その人の情を知る姿には深く頭を下げざるを得ません。これに比べてでは実子為輔の方はどうなのでしょう。母の心を知っているのか、はたまた自分を捨てて行った薄情な母などとまさか思っていはしまいか、他人事とは云え気にかかるところでございます。
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