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「それな、母さんに渡してくれてもいいぞ」
「なんだって?」
「私が戻るまでだ。持っているのが重ければ、あいつに渡してやってくれ」
「馬鹿言うなってば。父さんを置いてきたなんて言ったら、母さんに何を言われるか」
「大丈夫だ。そいつを渡すように頼まれたと言えば、あいつも何も言わないよ。ボンベはひとつ、無事に戻れるのは一人なんだ。息子を見殺しにしたなんて、後ろ指をさされたくはない。父さんのわがままだと思って、頼む」
もちろん、二人で戻ろうとして共倒れ、なんていうのもごめんだ。
事態を察するように促して、時間がないのをいいことに、強引に進める。
しかも私は、息子の成長を間近で見届け、その命を助けて、勝手に満足しようとしている。
確かに、残される側の気持ちなど、まるで考えていない。勝手な話だ。
「やってしまうとするか」
一人きりの時間は、思いのほか楽しくて、私は時間を忘れて作業に没頭した。
積もった砂をどかし、フィルターを交換し、風と砂を避けるついたてを、取り付け直して補強する。
こんな、小さな頃に作った秘密基地のような、簡易的な設備で、生活が守られていると知ったら、下の皆はどう思うだろう。
真っ青になって頭を抱えるか、真っ赤になって怒りだすだろうか。
腹を抱えて笑ってくれた者だけ、秘密基地へ招待してやっても良いかもしれない。
風は、あまり強くない方が良い。せっかく外に出てきても、景色も会話も楽しめたものではないからだ。
「これでしばらくは、大丈夫だろう」
薄くなった空気を精一杯吸い込んで、思い切り吐き出す。
応急処置程度であるのはわかっていたが、それなりに達成感があった。
白んできていた空が、光を増す。
ついたてにもたれる形で、振り向いて見上げた空に、思わず息をのんだ。
青も、黄色も、赤も、白も。小さな頃に憧れた、すべての色がそこにあった。
「やはり、朝はいいものだな」
小さな頃に憧れた父の、そして母の笑顔に、少しは近づけただろうか。
私はそうして、しばらくの間、最初で最後の光を眺めていた。
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