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「ええ……ええ……ですから明日はどうしてもはずせない用事が……それは重々承知しているんですが……まあ、そうですね……はい」
通話を切りスマホをテーブルに置きながら龍明は深く肩をおとす。
急な仕事が入り、ずっと前から申請していた休暇が無効になってしまった。
プロジェクトの進捗が芳しくない。リスケジュールの会議を開発ベンダーを交えて早急に行いたいと上司から連絡があった。
最悪だ。よりにもよって明日とは。
明日は娘と息子の晴れ舞台なのだ。魔術大会の初戦――。
魔術大会は一日で終わるワンデイトーナメントではなく、数日にわけて実施される。
だから、最悪明日は見られなくても……と思った。
しかし、初戦で負けてしまうと二度と彼らの戦う姿を生で見ることはできない。
龍太郎はともかく、前評判でガブリエルと並び優勝候補のユメナが初戦で負ける可能性は低い。
とはいえ、競技に大番狂わせは付き物だ。それに、大会初出場のユメナがいつも通りの動きができるとも限らない。
明日は、明日だけは。
極めて強い態度で断ることも出来た。
だが、プロジェクトのキーマンである自分がいないと、遅れているスケジュールがさらに遅延することになる。
スケジュールという魔物とずっと相対してきた龍明にとって、家庭の事情という一点で身勝手を突き通すことはできなかった。
もうすぐ夕食だ。
息子たちにこのことを話すのは気が引ける。二階の自室の窓から庭を見おろす。
すっかり外は暗くなっている。
そんな中、庭の花壇のまえに誰かが立っているのが見えた。
跳ね返った後ろ髪。宵闇のなかでも微かに赤い髪がぼんやりと視認できる。
龍太郎だ。
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